ウクライナのリュージュ選手たちが追悼ヘルメットで失格になった仲間に見せた連帯!←「リスペクト」(海外の反応)

・ウクライナのリュージュ選手たちが、ヴラディスラフ・ヘラスケビッチへの連帯を示しているよ。



・一人のアメリカ人として、私は自国がすべての試合で負けてほしいと思っていた。金メダルなんていらないし、我々が世界の舞台で称賛される資格なんてないと思うから。でも今は?もうオリンピックを見るのはやめるよ。



・私が何か見落としていたら申し訳ないんだけど、これがどう連帯を示していることになるのかな。ヘルメットが無地だから。



・ロシアに制裁を科してすべての競技から追放しておきながら、いつの間に追悼メッセージよりも彼らの感情を守るようになったんだ。情けない、腐敗した詐欺師どもめ。



・何に対しての連帯。ただチームが集まっているだけじゃないか。



・なんてことだ、彼らは膝をついている。これで私の国の30%の人たちが激怒しちゃうね。ものすごく盛大にさ。



・リスペクト。


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・最高だね。



・ウクライナに栄光あれ。



・不評を買う意見なのはわかっているけど、オリンピックは政治的であってはならないはずだ。戦争が注目されていないわけでもないし、ルールは明確だ。ヘラスケビッチには何度もチャンスが与えられ、代替案も提示されたのに、彼は頑なに拒否したんだ。IOCが道徳的に正しいなんて言うつもりはないけど、彼らの動機が広告パートナーを怖がらせないためだとしても、私はこの決定を支持する。平和的で象徴的なグローバル・イベントを、個人の政治的アジェンダのために悪用すべきではないと思うからだ。これはオリンピックなんだ。スポーツ以外の場ではウクライナを含め多くのトピックについて発言しているけど、それぞれにふさわしい舞台がある。そうでないなら、なぜ世界中の他の紛争も取り上げないんだ。ウクライナで起きていることは恐ろしい。でも、悲劇は世界中で常に起きている。共感できる大義だからといって、なぜこれだけが特別扱いされるのかな。世界中の人々が集まる親善試合を、政治の舞台に変えるのはやめよう。



・↑問題は失格になったことではなく、何が「政治的」で何がそうでないかの判断基準なんだ。「戦争ではなく平和を」という以前のメッセージはOKだったし、イスラエルの選手が1972年のミュンヘン事件の犠牲者を追悼するのもOKだった。なのに、亡くなったアスリートの写真を載せるのは政治的なのか。政治的メッセージは禁止だと言いながら、政治的な理由でロシアの国家としての参加を禁止している。この一貫性のなさが問題なんだ。もし本気で政治を持ち込みたくないなら、ロシアを参加させるべきだし、イスラエルの選手も失格にすべき。彼らは実際にはその立場を貫く気なんてないんだよ。



・この扇動家たちを大会から追放しろ。



・なんて心温まる話なんだ。



・クリスティが泣いているインタビューを今見たところだ。彼女だって、これが間違っていて愚かなことだと分かっているはずだ。「アスリートの安全」を理由に挙げているけど、一体何からの安全だっていうんだ。彼のヘルメットが映るのはせいぜい5分程度で、それで終わる話だったはずだ。自分たちが蒔いた種なんだから、結果を受け入れるしかないね。



・私の考えを変えてみてほしいんだけど、政治とスポーツは切り離すべきだと思う。



・バカだな。



・ヘルメットを問題視したことで、IOCは何もしなかった時よりもはるかに大きな注目を集めてしまったね。



・↑もしかしたら、それが彼らの狙いだったのかな。注目を集めるために。



・↑IOCはこれですごく叩かれている。ウクライナに注目を集めるために、大勢の人を怒らせるなんていう高度な心理戦を彼らが仕掛けているとは到底思えないな。



・↑ああ、確かにその通りだね。



・ヘラスケビッチは自分の国の苦境をより多くの人に知ってもらおうとした。そしてそれをやり遂げたんだ。IOCは彼を失格にすることで、さらにその露出を増やしてしまった。正直、彼にとってはこれが最高の結果だったのかもしれない。



・骨抜きなIOC。驚きもしないよ。



・まあ、そんなに驚くことじゃないね。



・史上最も情けない大会だ。あのヘルメットはウクライナの戦争ヒーローへの追悼だったんだぞ、この役立たずのペテン師ども。ヘラスケビッチに正義を。



・ウクライナに栄光あれ。あと、ふさわしいと思うのでマーティン・ルーサー・キング・ジュニア博士の言葉を付け加えさせてほしい。「これが私たちの希望であり、私が南部へ持ち帰る信念です。この信念があれば、絶望の山から希望の石を切り出すことができます。この信念があれば、我が国の不協和音を美しい兄弟愛の交響曲に変えることができます。この信念があれば、いつの日か自由になれると信じて、共に働き、共に祈り、共に苦闘し、共に投獄され、共に自由のために立ち上がることができるのです」



・感情的な反発はあるだろうけど、これは正しい決定だったよ。



・でも、彼がしたように実際に何かを犠牲にしているわけじゃないけどね。



・ルールがクソなこともある。今日がその日だ。



・私はウクライナを110%支持しているけど、今回のIOCの判断は妥当だと思う。反対している人たちに聞きたいんだけど、イスラエルの選手が10月7日の犠牲者の写真を載せたヘルメットを被ることはOKかな。あるいは、パレスチナや他のアラブ諸国の選手がガザのジェノサイドの写真を載せたヘルメットを被ることはOKだろうか。もし「政治禁止」というルールがあるなら、自分たちの道徳観と一致する意見だけを例外にするわけにはいかない。ルールは一貫して適用される必要があるんだ。



・オリンピックはその創設以来、一度も政治無関係だったことはないよ。他の大規模なスポーツイベントも同じだ。



・ぶっちゃけ、イスラエル人がミュンヘン虐殺事件の犠牲者を自分たちの装備で追悼することは、どんな形であれ許されるべきだと思う。



・イスラエルのリュージュ選手は、開会式で1972年大会の犠牲者の名前が入ったキッパ(帽子)を被っていた。これはオリンピック憲章第50条に違反しているはずだ。



・IOCは以前、ウクライナのトップ選手に味方したことがある。2022年の北京オリンピックで、彼が4回目(最後)の試技の後に「ウクライナに戦争はいらない」というサインを出した時、IOCは単なる平和への呼びかけだとして、憲章違反ではないと判断したんだ。ルールは一貫して適用されるべきだね。



・イスラエル人が亡くなった仲間の写真をヘルメットに入れて追悼したいと言うなら、させてやればいい。



・(ヘルメットに載っていたのは)無作為な戦死者じゃない。ロシアのウクライナ侵攻で亡くなった、本来ならそこにいたはずのオリンピック選手や国際レベルのアスリートたちなんだ。



・100%同意。みんなルールを欲しがるくせに、自分たちが例外にすべきだと思うことに対して公平に適用されると怒り出すんだ。



・「イスラエル人が10月7日の犠牲者の写真を載せたり、パレスチナ人がガザの写真を載せたりしてもいいか」って。ああ、いいと思うよ。なぜダメなの。



・待って、なぜ国際的なオリンピックがずっと政治を排除してきたのか理解できない人が多いのはなぜだろう。私はすごく政治に関心がある人間だけど、競技そのものに特定の思想を持ち込まないようにしてきたのには理由がある。オリンピックが国際関係において大きな役割を果たせているのは、たとえ「良い政治」であっても排除してきたからだ。そうでなければ、IOCが何が良い政治で何が悪い政治かを判断しなきゃいけなくなるけど、そんなの無理だし、最悪の政治も許可せざるを得なくなる。そうなれば大会は崩壊し、これまで築いてきた善意もすべて消えてしまうよ。



・一人のウクライナ人として、彼らを誇りに思う。ただ、戦争に光を当てるために、黒い腕章をつけるという選択肢を選んでほしかったとも思う。でも、この出来事は、この戦争がいかに重大であるかを示している。単なる試合とは比べものにならないほどにね。